※「あなたの長いゆびがすき」と若干リンクしている点がありますが、読んでいなくても特に支障ありません











こんなナーバスな日に限って、全員遅刻するだとかそんな器用な芸当は見せなくていいのに。前面から浴びる焦がすような夕焼けが、いつもは眩しくてしょうがないはずなのに、今は労わってくれているようで少しだけありがたい。優しいあたたかさが心地よい。生徒会室で、ひとり机に伏せながらそう思った。ナーバスの原因は、言うまでもなく思い人のことだ。あぁなんだって彼は!といつもの通りにもんもんひとりで考え込む。彼が、弟を大事にしているのはよくわかっている。わかっているけれど、でもそんなことってないと思うのだ。あの男の脳には、恋愛というカテゴリーは存在しないのだろうか。だとするなら、そんなのは酷い話だ。あぁと大きな溜息を吐く。憂鬱なこの気分を、このまま目を閉じて、眠って忘れてしまいたい。伏せたままゆるゆると瞼を下ろしていく。最後に、あの男!ともう一度心の中で毒づいて(そうだとしても、考えているのは彼のことばかりというところが酷く憎らしい)、そして閉じきろうとしたその時、ふと、視界の端で夕日が反射して何かがきらりと光った。なんだろうか、とそれでもゆるゆると下がってゆく瞼をどうにかこじ開ける。ゆっくりと立ち上がって、それに近づいた。以前まで、ニーナがデスクとして使っていた其処には、今はもう何も置いてはいないはずだ。不審に思いながらしゃがみこんで、覗いてみれば、そこにあったのはシルバーで細身の、シャープペンシルのようだった。ようだった、というのは、これが今やとてもシャープペンシルには見えない外観をしているからに違いない。持ち手はほとんどなく下から数センチのところで折れていて、上部分はない。折り目のところはステンレス製だからなのか、見事にひしゃげている。唯一、それだとわかる理由はきちんとペンの先端部が残っているからに過ぎない。シャーペンが壊れた!と嘆いている子はよくいるが、それは機能しなくなったという話であって、こんな風にまっぷたつに折ったというわけじゃない。明らかに、これは人為的に壊されている。いじめだろうか?と考えたがまず生徒会室にあるのだからいじめだとするならそれは生徒会内でということになるので、あり得ないだろうとその考えを消去する。いたずらだとしても、これではシャレにならないだろう。だとするなら、自分で?何のために?と、自問自答が始まる。試しに壊れたそれを手にとってみれば、どこか見覚えがあるものだ。なんだったか、あぁ、どこかで見たような気がするのだけれど。「どこだっけ、えっと」呟いてみても、やはり何も思い出せない。少しばかりの得たいの知れない気持ち悪さを抱えながら、もう一度それを見てみるがやはり駄目だ。どうしてだろう、とても大事なものだったような気がするのに。一人で、うんうんと唸るこの図がかなりおかしいということはわかっているのだが、それでもどうしても気持ち悪さがお腹に残ってしまうのだから仕方ない。でも見られたくはないな、などと考えていると、願い空しく扉が横に滑る音がして、振り返ればいるのは間の悪いことに、かの思い人だった。
「・・・どうしたんだシャーリー、考え事か?」
めずらしく呆気にとられたかのような深紫の目が自分を真っ直ぐに見詰めていて、酷く焦る。しかも一人で唸ってる姿なんか見られた暁には、それこそ顔から火が出そうだった。なんでもないの!と必死で取り繕うしかなく、そんな自分を彼は少しの心配顔で見つめてくれていて、それについてはとても嬉しかった。「なら、いいが」と幾ばくかの不服さをその目に残しながら、彼は音もなく椅子をひいて腰を下ろす。私はその一連の動作をいつもの如くぼうっと見つめながら、ふと、頭の片隅で壊れたシャープペンシルの存在を思い出す。そして、ほとんど無意識に、それはルルに差し出すように見せながら、聞いていた。「これ、ルルの?」とあまりにも自然に言葉が口から滑り落ちて、まるで自分の声じゃないみたく私の耳には聞こえた。ルルは、またもや珍しく呆けたような顔でこちらを見つめている。深紫が、不思議そうな色で濁して私に向けられている。そこに何があるか、私に読み取れることはなく、その内に濁りはあっさりと消え去ってしまう。変わりに、浮かべられたのは、いつもの彼の完璧で崩れることのない笑みだった。
「あぁ、俺のだ。前に壊れたのの片割れが見つかってなかったんだが、誰かが怪我したりしたらと思って探していたんだ。ありがとう、シャーリー」
崩れのまるでない笑みが、私に向けられている。それだけで、頬は上気するはずなのに。どうしてか私をその時支配していたのは、苦しさや悲しさ、それらに付随する何かに他ならなかった。どうしてかと言えば、たぶん、彼は、嘘をついているから。どうして。嘘だとしたって、とても些細な嘘でしかないのにどうしてこんなに苦しいのだろう。泣きたいのを抑えるように少しだけ俯くと、彼が目線を少しだけこちらに寄越したのがわかった。困らせたいのか、嘘を暴きたいのか、どちらかはわからないけれどただ思いのままのことを口する。「シャーペンって、こんな風に壊れたりするかな」ひしゃげたステンレス、半身しかないそれ。丁度誰もがそこで持つだろう、というような位置で折れている。きっと、親指に力を込め、その他の手で支えたに違いない。そう考えると、それはまるで破壊衝動の象徴のように私には見えた。「さぁ、安物だからな」いつのまにか前に向き直っていた彼は、受け取ったそれをポケット仕舞いながらそんなことを、なんでもないという風に言う。それは、嘘だった。嘘つきだ、彼は。壊れたんじゃない、壊したのだ。深紫の奥に秘めた破壊衝動を、その男にしては細い手に全て乗せて。ふと、彼の横顔が、遠く見える。いつも、クラスメイトに笑顔を向ける時も、斜に構えて何かを語る時も、何かを壊したいと願う激しさを秘めているのか。弟に、とびきりの笑顔を向ける時だって?ねぇどうして、この人はこんなにも、嘘つきなのだろう。嘘をついて、どうしてそんななんでもない風に装えるのだろう。そんなの、辛くて苦くて、心が、軋んでぼろぼろになっていくだけなのに。ねぇ嘘なんかつかないでよ、私はあなたの本当の笑顔を見たいのに、向けて欲しいのに、これじゃあ。嘘ばかりじゃ、あなたがいつか壊れてしまうわ。もう、涙がぼろぼろと零れて、溢れて止まらなくなる。唇を噛んでも、手を強く握りこんでも、溢れて溢れて止まることなどない。ごめんね、困らせちゃう。遠くで、「シャーリー?」と戸惑った彼の声が聞こえた。染み込むように、優しい声だ。ぽんぽんと背中を叩いてくれるその手だって、あんな風に何かを壊すとは思えないほどに優しい手つきをしている。ねぇほら、こんなに彼は優しいのに。嘘なんか、つかなくても私は彼が好きなのに。涙に濡れた瞳で彼の深紫を見上げれば、それらは不安と焦りで濁って揺れていた。やっぱり、困っている。困らせないように何かを言いたかったのに、その深紫を見ると何も言えなくなって私はまた俯いてしまう。ごめんね、ごめんルル。苦しいのは、きっと、嘘をついているあなたよ。叫んで、泣きたいのだって