彼のことを冷静だとか、そう思うのは初めに見る印象からすれば至極当然のことだった。けど、たぶん彼はそんなに冷静でも冷たい人間でもないし、言ってしまえばよくいる少年に程近い。突出しているのは、頭の回転の速さと意志の強さとでも言うべきか。ただ後者は、彼の特別な環境から身に付けざる得なかった防衛術みたいなものから派生したものだ。そう、僕は思っている。でもそれは僕にも言えたことだったから、どうしても特殊だとかは思えなかった。そうだ、根本的に僕らは同年代の少年少女達とは違っている。生きてきた中で、選択権を取り上げられたことなど一度や二度ではないし、逆に限られた中からないに等しい選択を強いられたことも一度や二度じゃない。普通、自分達と同年代の少年少女は、もっと広い選択肢を、狭い環境のせいで広いと気付けず、それでもその中で自由に何かを選ぶのだろう。

ルルーシュを見ると、その目は分厚くて到底僕には手のつけようのなさそうな本に向けられており、表情は真剣そのもののまま読み耽っていた。美しいと評されるその顔の眉間には、数本の皺が寄せられている。やはり真剣。なんだか、僕はふっと顔が緩むのを感じた。幼い頃、あの夏の日々に彼が自分の教えてやるもの全てに(彼は頭はとてもよかったけれど、如何せん皇子だけに箱入りが過ぎた)向けていた、幼い好奇心と学ぶことに対する真剣さを混ぜこぜにしたような、あの時の顔と今の真剣に本を読む顔があまりにも似すぎていたから。いや、同じ人なのだから当たり前か、などと考えていると、余計に頬が緩んで自然と表情に赤みが差していく。すると部屋全体の気配が歪み、彼が顔をあげた。訝しげな目線と共に。僕は緩んだ頬を慌てて引き締めて「どうかしたの?」と聞く。彼は「それはお前だ」と言って、少し皮肉っぽい笑みを見せてからまた本に視線を落とした。焦った。そうだ、彼は、鈍いくせに割と空気に敏感で聡い。特に僕とナナリーに対しては。

(彼はとても、情が深いから)

その理由に、また頬が緩むのを感じる。そう、彼は情が深い。妹に向ける愛情の深さは底を知れないし、恐らくその次に彼に近い存在である自分に対する全幅の信頼は彼の情の深さによるものだ。時々、僕はその信頼はかなり危ういものなのではと思うのだが、それでも彼は未だ寄せてくれている。純粋に嬉しいと、いつも思う。もう僕に不純物を全てを取り払ったような美しすぎる信頼を向けてくれているのは、彼ら兄妹だけなのだろう。それに対して、どちらかと言えば満足感や充足感を持つ自分は、歪んだ人間なのだろうか。いや、それとも、そう思うのは傲慢すぎるのだろうか。なんとなしに眉を顰めると、ふと、再び部屋全体の気配が歪んだ。彼が、また顔を上げていた。僕は眉を顰めただけだったので、彼がそれに気付いたとはしても反応するとは思えなかったから、幾分か驚く。けれど、その驚きはすぐに消え去った。遠くから、小さな電子音が近付いてくる。それはとても軽い音で――――そしてこの生徒会室の前でピタリと止み、木製のドアが横に直線的に滑った。現れたのは、彼の愛を限りなくその身に浴びて、そしてそれをすんなりと受け入れ守られることで兄を柔らかさで包もうとしている、そんな健気な少女だった。

「お兄様、いらっしゃいますか?」

「ナナリー、」彼がいとおしげにその名を呼び、「あ、お兄様!」と少女は嬉しげに声を上げる。「ナナリー、僕もいるよ」僕も、僕の中ではとびきりに優しい声でその少女の名を呼んだ。遠くで、猫がにゃあと鳴いた。

「まぁ、スザクさん!それにアーサーも。お元気そうで、よかったです」

朗らかに笑う、目は、閉じられたままに。彼が「スザクが今日は軍務が無いから家で一緒に夕食を食べられるそうだ」と本当に嬉しそうに言った。「まぁ!」という愛らしい小さな叫びと、ますます華やいでいく優しい少女と、その兄であり自身の友人でもある彼の信じられないほどに優しい表情と声。

(僕にとっては、このふたりが)

それはまるで象徴で、平和や愛の符号だ。ただ純粋に、いとおしいだけの。