違いなどわからない、けれど違うということならばこの手に取るようにわかる。よく似た顔が、よく似た声で目の前に現れるたびに、自分は酷く苛立った。彼のそれらは生まれ持ったものなのだから、理不尽なことはわかっているのだけれどそれでも。砕けたような冷たさの残る声、ひとなつっこい笑み、男っぽい仕草。脱いだヘルメットを小脇に抱えたままの彼はその全てを体現している。そのどれもがまるで見計らったかのようによく似ていて、けれど人への造詣の足りない自分にも違うということだけはありありと感じられて、残るのはどうしようもない怒りだ。侮辱された、とそう思う。よく似た身なりでよく似た仕草をする彼を見ると、それは奥深くに突き刺さり、ぐちゃぐちゃに踏み荒らし、そのまま何処かへ消えてしまう。へらへらと笑う彼を見ると、どこか突き飛ばされたような気分にさせられる。どうしてだ、彼だってあんな風にくだけて笑って、いつも場を持たせようとしてくれていたのに。彼の笑みは性質の違うものだからなのか、それともただ単に彼自身に苛立ちを感じているせいなのか。
「おいおい、あんまり睨むなよ」
片手をひょうきんな風に宙に浮かせてから、投げ捨てるようにいい加減に笑う。こんなにも腸が煮え繰り返りそうなのも、随分と久しぶりだ。「別に睨んでなどいません」と言えど、その笑みはまるで変わらない。笑うな、と言いたいけれど真面目くさった顔をされてもまた腹が立つ。やはり彼の存在自体が、自分の苛立ちに繋がっているようでならばどうしようもないじゃないかと思った。踏み荒らすな、勝手に人の琴線に触れてくるな。そこは、土足で踏み込んでいいような場所じゃないんだ。そう言ったところで、彼にはどうすることもできないだろう。兄とよく似た顔、仕草、声。それらは生まれ持ったもので、或いは彼にとっての誇りなのかもしれない。それを勝手に否定するのも、理不尽だということは知っている。あぁどうすればいい、どうすれば。
「ったく付き合い悪いなぁ、教官のくせに」
「あなたと、くだらないお喋りをするつもりはないので」
距離を取って、身を翻す。さっさとこの部屋から出てしまえばいいと思った。笑っている、それが自分を侮辱しているようにしか見えないのだ。あぁでも或いはそうなのかもしれない。彼から見た、自分は滑稽だろうか。単なる見た目に左右される、奥底の弱くやわらかな場所を勝手に傷つけている自分は。
「それなら、俺だって勘弁だよ」
ふと、落ちた声はどこか泣きそうな、哀切な響きがあった。翻した身を、もう一度彼に向けて、少しばかり俯いたその表情を見つめる。笑っていた、くだけたようないい加減さで。けれど、それはよく似たものではなかった。思い出す限りで彼は、重く沈黙しても決して見る誰かを不安にさせるような表情はしていなかったはずだ。あぁあたり前か、彼は彼とは違うのだ。でも、こんなにも似ていないのは、珍しいかも知れない。少なくとも人への造詣のない自分が、言葉で説明できるほどの違いなんて。些か驚いて呆然と彼を見つめると、ふと俯いていた視線が射るようにしてこちらを向く。少しだけ、足が竦む。
「自分だけが傷ついてるなんて思ってるんだったら、容赦しないぜ」
落ちた言葉は、覆い隠す気などまるでない、ただの嫌味だ。攻撃的に振りかえったその瞳は、酷く印象的で。ふと、4年前から掻き集めていた何かが手を離れて、ただ距離をとることだけを計算した。昔に戻ったようだ。その感覚は、全てを不安にさせる。浮き上がった心が、見知らぬ何処かへ消えそうで恐ろしい。逃げ出したい、距離がなければ足が竦む。けれど、数メートル先の攻撃的な瞳は、身を竦めて逃げるほどの威圧も狂気もないのだ。彼に謝らなければいけないことはわかった、けれど、何かが離れていく中自分の中に残ったものが、それを決して許さなかった。