幸せになれ、なんて安直で身勝手な台詞だ。それに縛られ、囚われることこそ不幸だと、僕は考える。なぁ、だから、そんな言葉は僕はいらないとずっと思っていたのだ。そんなものを手にするくらいなら、自分のどうしても手に入れたいものをこの手に授けて欲しい。なぁ、頼むよ、誰か。優しい神様がいないことなんてとっくの昔にわかったのだから、僕は何かを頼むとき、望むとき、最後に言うのは「誰か」だ。なぁ、誰か。僕の一番欲しいものをこの手に授けてくれ。「お前なら、そう言いそうだ」静かな声が聞こえて、振り返れば其処にいるのは懐かしい友人だ。いや、違う。彼は、何所にもいない。僕の目蓋の裏にいるだけで、何所かに存在しているわけではない。だからこれは僕の勝手な妄想だ。なぁ、僕は、僕の欲しいものが欲しいよ。例えば、それはお前だ。だから、そんな言葉、「いらないと言っただろう」でも、彼は悲しそうな顔はせずに、笑う。とても静かに、嬉しそうに。
「ご愁傷様、仁」
僕は、幸せになることが酷く簡単なことを知っている。慶光が教えてくれたんだ。だからこそ、難しいのだということも。だから、なぁ、そんな嫌な言葉残すなよ、お前。面倒だろう?と、そう言いたい。おかげで、僕は何ひとつ捨てられなくなった。自分の身さえも。物理的に手放すことはあっても、心ごと大切な何かを手放すことなんて出来なくなった。あぁ、荷物が減らないんだよ、いつまでたっても。お前のその言葉のせいで。僕の、一番欲しいものはそんな言葉じゃあなかったというのに、それはいつだって僕を縛って、離してなどくれないから。
「本当に、面倒くさくてしょうがないんだ」
安直で身勝手な台詞が、僕を絡めとって離してくれない。僕は、囚われてしまった。死ぬほど欲しかったあの人がこの手をすり抜けてゆく瞬間に、残した身勝手な言葉、その願いに。形のないものに。駄目だよ、本当に重いんだ。全てが重く感じられる。そんな荷物がたくさんあって、そして何が重いって自分自身が一番重い。その中でもお前の言葉の重さといったら、両腕じゃ抱えきれないほどだ。本当に、お前、何であんなこと言ったんだよ。逃げられないじゃないか、なぁ。
(でも、不思議と、不幸だとは思わない。むしろ)
幸せなのだ。お前を手に入れられなかったのに、何故か。
080524
再録