そういえば、自分は顔を合わせる度に彼に繰り返し繰り返し、同じようなことを言っていた。何を言っていたのかはあまりよく覚えていないのだけれど、きっとそれは他愛のない日常のことだったのだろうと思う(そりゃあ、あんなに小さくて可愛らしかった彼を目の前にして、複雑な国家間の情勢なんか語る気にはならなかっただろうから)。そうして彼はそのおかえしというか、まぁ元々お喋りな性格のせいなのだろうが、様々な話をまだ語彙の少ない頭を捻って賢明に喋ってくれた。その時の、彼の可愛らしいことと言ったらなかったのだろう。自分の中では、今も彼は、その頃のまま成長せずにいる。阿呆な話であることはわかる。だって、彼はいつのまにか自分を保護した者(すなわち自分)を遥かに、しかも色々な面で越えてしまっているのだから。でも、それでも自分の中で、自分はいつまでも彼の保護者だ。手元離れてしまった今も変わらないままに。
「ねぇ、君はいつも僕のことを子供みたく言うけど」
「は?だってお前なんか子供だろ」
鼻腔をくすぐるのは、これでもかという程に香ばしいコーヒーの香りだった。嫌味、なのだろうか。こういう時だけ無駄に頭を回すから、腹が立つ。そうして、腹が立つと思いながらも奥底にあるのは寂しさだった。別に彼がコーヒーを注いで、それを口にしているのは構わないのだ。ただ、それを自分の前で見せびらかすという行為が寂しい、というより傷つくのだろう。あぁこんなにやるせないから負けてしまうんだ、とそれが彼に対する隙であることは十分に認めているのだが、だからと言って、自分を根本から捻じ曲げられるわけでもないのだ。彼はさらに続けた。
「そういう意味じゃないさ。僕はもう独立したんだ、ということ」
あぁ、そうだ。彼は正しい。確かに独立したよ、お前は。そう頭で呟きながら、本人に対しては鼻で笑い飛ばしてやった。誰のおかげだと思っているんだ、と彼が「独立した!」と声高らかに叫ぶ度に罵っている。そう、誰のおかげなのだ。そう思う度に寂しさと傷は深くなるばかりなのだが、それでも未だに自分の中ではあの頃のままである彼に、無様に折れるのだけは嫌だった。ただ「折れたくない」と言う所のみに置いては彼も同じなようで(自分のおかげだということを認めているのか認めていないのかは知らないが)口に出そうとはしない。結局のところ、不毛の争いなのである。意味がない会話で、自分達は何を話したがっているのか。
「わかったかい?僕は独立したんだって」
彼は念を押すように言う。ぽつりと、誰のおかげなんだかと鼻で笑うように言ってやった言葉には一瞥もくれず。
(でも、俺の中のお前は、まだあの頃のままなんだ)
この先、きっと彼と自分の距離というのは増すばかりで、知らないところで成長していくんだろう。そういうものだ、彼は今、自分の手元にはいないのだから。けれど、そうであるからこそ、これからさらに鮮明になってあの頃の彼が焼き付けられていくのかと思うと、どうしても自分が居た堪れないのだ。
080216
再録