触れた土はどこか冷たく、掘り返せばそれらはぼろぼろと手から零れゆく。爪が汚れ、手が汚れている。久しぶりに自分の手など見たが、以前よりも痩せて骨が剥き出しになっているかのようだ。ナイトメアの操縦のせいか、親指の付け根の皮膚が硬く荒れている。ちょっと蜃気楼に搭乗しただけでこうなるのだ、カレンにはもっと酷いたこが出来ているだろうが、自分がそれを見たことはなかった。そして、また土を掘り返していく。服が汚れる、だがゼロである証拠だったそれに最早意味などない。掘っていくうちに、見知らぬ虫が現れる。元々虫はあまり好きではなかったが、今は特に気にならない。そのまま放置する。するとその奇妙な形の虫は、崖の向こうへ消えてしまう。視線を上げれば、空はいつのまにか赤く染まっている。思えば、空など眺めるのは久しい。全てを喪くした自分は、何故だかわからないがとても穏やかな心地でここにいる。いや、穏やかなのではない。きっと空っぽなだけだ。
掘った穴へ、弟を寝かせる。虫だらけの、こんな場所で葬ることを許して欲しい。そして、その細い身体に土をかけていく。祈りの言葉など、覚えていないから何も言えることはない。そもそも神など毛頭信じるつもりのない自分が、今更口にしたところで逆効果だ。だから、素直な言葉を口にする。
「ありがとう。安らかに眠ってくれ」
そうして、また土をかけていく。最後、幸せそうに目を閉じる、蒼白とした顔だけが覗いている。その頬へ、唇を落とす。妹へ向けたのか、弟へ向けたのかは、自分でもわからない。手の平の土を払う。汚い手で触れてはならないから。栗色のやわらかな髪を、指で梳く。お前は、幸せだと笑っているんだろうな、きっと。俺を愛することが出来て、幸せだと。
湿った柔らかな感触の木片を、拾ってくる。空は真っ赤になっている。弟の眠るそこへ、立ててやる。なんと刻もうか、しばし迷う。振り返り、クロームグリーンの携帯電話に繋がれた少女趣味なロケットが目に入る。妹にあげようとして、そして手違いでお前に渡ったそのロケット。一体、俺はこれを誰にあげたのだろう。でも、お前にとっては兄にもらった宝物なのだろう。何よりも、価値のある。少しばかり息を呑み、立てた木片に掛けてやる。いい位置で引っ掛かり、飾られる。向きがおかしいので、少し直す。あぁ、これで綺麗だ。此処を、誰かが荒らさないようにと切に願う。
立ち上がる。見下ろすと、先ほどは美しく見えたそれはやはりちゃちなものだった。少なくとも、命を投げ続けた最期にしてはお粗末過ぎた。駄目な、兄だな。墓すらもちゃんと用意してやれない。嘘ばかり吐く、最期の最期だって。
(でもたぶん、俺はお前を愛していた)
亡骸を見ても涙を流さなかった。叫ばなかった。取り乱しもしなかった。でも、それでもきっと、ひとつの愛の形を手にしていた。そうだ、たぶん愛していた。だが決して、お前が俺にくれたような愛ではなかった。手の平いっぱいの真っ赤な嘘が、ほんの少し零れだしたような。きっとそんな愛だった。
080924
再録