酷く滑稽なほどに崩れた窓(もしくは、ただ囲われた四角)から見えるのは、青暗く沈んだ空だった。ちっともいい気分などしない。口笛を吹くのをやめ、自分は蛇口を捻る。パァァァアと、透明の液体が点滅するように流れ出た。それを受け止める薄汚れた白いバスタブ、ここはなんだったんだろう?誰かが此処で、物思いに浸かっていたり、したのだろうか。この水と同じように流れ出る感傷は、この場所と同じように薄汚れた手によって消え去る。ああ自分が何を言えるだろうか。奪った者、加害者であるその手は、何故か角張った突出を押さえ込むように女性らしくあろうとしていた。僕は男なんだけどな。それが自分の思いに端を表しているように思えて握り込むのだ。そう、この手は角張っている。綺麗ではない。言い聞かせなければ、自分はきっといつか見失ってしまうよ。
叩きつけられるような水、それを受け止めるバスタブ。自分は音をまったく無視していた。この叩きつけられるような音を。自分は耳に神経を寄せる。なんだか、何かと何かが擦り合うような、そんな音に思えなくもないのだ。手と手を合わせて擦る。けれど、そんな音はならない。自分は諦めたようにその蛇口を捻り、水を止めた。錆びていたその金属は、見た目の割に容易く開くのだ。そうして薄汚れた白いバスタブは唸りをやめ、ただ其処に残る。自分は溜まった水に手を浸した。砂だらけで、とてもじゃないけど飲めもしない。そうして、擦り合うような音が脳裏に残り、悲しいバスタブの姿が眼に焼き付いてしまった。見失ってはいけないのだ、見えなくなってもいけないのだ。
070503
再録
本編前、ゲットーで日本人殺害後の枢木さん