月が丸かった。真ん丸く落とされたような月が浮き上がっていた。ぼんやりと見つめる目が、くらくらと揺れて滲みかけた。マナが亡くなってからというもの、泣く、と思い込むとだいたいの割合で泣いてしまい、それから新しい保護者でもある師匠に頭を殴られるのが常だった。泣いている人に対して頭を殴るなんて行為は(たぶん強くなれとで言いたいのだろう)、どうかとも思うが、それでも困ったような顔されるよりはいいのかもしれない。そんな顔をする人だったら、たぶん自分はもっともっと泣いてしまうだろう。そんな気がした。でも、逆に泣くのを止めるかもしれないとも思った。困らせたくなくて。どっちだろうか、自分でもまるでわからない。ただ今はひとりだから、泣いても殴られることはない、それだけは確かだった。
(でも、泣きたくなんかない)
必死で涙を押さえ込もうと拳に力を入れた。それでもあの丸い月は滲むばかりだ。今日は泣きたくない。今日は、今日だけは泣きたくなかった。この日は思い出す限りいつも笑っていたのだ・・・そんな日に泣いてしまうことに、何故か抵抗感があった。きっと笑っていたいのだ。去年のこの日に想像した今の自分は、絶対に笑っていたと思うから。でも、やっぱり月は滲んでばかりで今にも声を上げてしまいそうだった。どっちにしたって楽にはならないのに、見苦しい方ばかりが楽になるように思えるのはなんでなんだろう。
(泣かない)
唇を強く噛んでみたけれど、痛いだけで効果はない。泣けてくる。月がすごく優しい色をしているように見えて、あぁそろそろ泣きそうだ、と感じ取る。強く握りこんだ手を、血が出てくるかと思うほどにもっと強く握りこむ。意味のない行為だと思う。どれだけ強く思っても滲むことを止めない景色を見て、あぁやっぱり駄目だったと思いあきらめかける。その時、ふと右の手首に違和感を感じて視線を下らせると、小さな少年と目が合った。自分もまだまだ小さい方だけれど、それよりもっと小さくて幼い、目をくりくりとさせた少年だ。こちらをひたすら不思議そうに見上げ、弱い力で手首を掴んでいた。小さい子の相手は、大道芸の道具でもあればあっさりとこなせるのに、今の自分は気の利いた言葉ひとつ何も出てこない。その少年は、本当に不思議そうに首をかしげた。吸い込まれるみたいに酷く優しい雰囲気だ。
「なんで、泣いてるの?」
「・・・ねぇ、なんで?」
ふと我に返り手袋に包まれた左手で目を拭うと、とっくに涙は流れてしまっていた。もっと声を上げてすごく苦しい泣き方をしてしまうと思っていたのに。少年は不思議そうな表情を崩さないままで、くるりと後ろを向くと月に向かって走りだした。まぁ、別に月に向かって走っているわけではないんだろうけど。そう思うと、少しだけなら笑えるような気さえした。手首にほんのりと残った体温が暖かい。それが今まで思い出していたものと重なって、最初に想像していた通りに声を上げて泣くしかなくなってしまう。こんな風に苦しい方向や選択肢しか持たなくなった自分にも、この夜は笑えるくらいに優しいのだ。
オペラアリス
080216
残留
生誕記念だったような気がする