明らかにこの場に不釣合いなその足元が、彼を変人だと思わせる元凶だった。今日は夏祭りでもましてや夏でもないのに。明らかに肩を震わせながら、「寒い」と言って玄関に立つその姿は笑いを通り越して馬鹿だとしか言い様がない。彼は慌ててその寒々しい下駄を脱ぐと、キシキシという木造アパート特有の音を鳴らしながらその段差を上がる。昔ながらにも程がある、とよく言われるが自分は嫌いじゃなかった。というか、貧乏学生だから仕方のないことなのだ。今更引っ越したい、なんて言ったってそんなお金はどこにもないし。彼は手に下げたビニールをごとり、と机に置く。中には缶詰しか入っていない。そりゃあ料理なんてマトモにできないけど、それ以外にももっと買ってくるものはあっただろうに。どこまでも気の利かない弱気な人間だと思った。
「また缶詰?他になにかなかったの」
「だってどれがおいしいかわかんないし」
「今はなんでもおいしいよ。安くても」
「いいじゃないか、別に」
それだけ言ってそっぽを向くと、机の隅に積み上げられた難しそうな本に手を伸ばし(これはどれも僕の持ち物だ)つまらなそうに開いては閉じる。自分は「まぁいいけど」と呟いて、シャーペンの頭をカチカチと鳴らした。普段は自分が怒ればタジタジなのに、こういうところだけは妙に強気でいつも言いくるめられてしまう。そもそもそうじゃなければ、家賃は全額こちらが払うなんていうこんなにふざけた同居はしなかっただろう。確かに雑用が出来たみたいで便利ではあるが、正直に言うと今、本を開いたり閉じたりする彼は邪魔くさくてしょうがない。もっと言うとスネた時の彼は本当に邪魔くさくてしょうがない。ここで文句をぶつけてきても今更なのでやめておくが、今週中に提出しなければならないこの資料のことを思うとそんなことも言っていられない気がする。少し考えてから、やはりこれは大事なことだと判断し、立ち上がって相変わらずに本を閉じたり開いたりを繰り返している同居人の洋服の襟ぐりを引っ張った。
「ねぇ、一言も喋らずに押し入れに入るか、外をたった一人で放浪するか、どっちがいい?」
「どっちも嫌だ・・・って言ったら?」
「じゃあ外に出て。それが一番いい」
それだけ言うと、彼の口が引き攣るのがわかった。こうしておけばどうにかなるだろうと、また狭い部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台を四角くしたみたいな机に戻り、シャーペンの頭をカチカチと鳴らす。するとその音に誘われるように、彼は自分の向かい側にどこか芝居ぶった顔つきで座りこちらの様子を覗っている。言ってみると、こういうところも酷く邪魔くさい。彼は男にしては長い睫をパチパチとさせながら問うた。
「・・・できれば、この家の中がいいんだけど・・・」
「なんで?」
「寒いよ、外。もう冬だって」
「まだ秋だよ。どうでもいいけど外に出て。靴なら勝手に僕の履いていいから」
「いや、お前の靴たぶんちっさいし」
「どうでもいいけど外に出て。これ、提出が今週中だから」
そう言って、まだあまり埋まっていないその用紙をひらひらと降る。未だに「いや、でも・・・」なんて尻込みする彼に、今度は横にあった筆入れを掴んで投げつけた。幸い、腕にかすっただけのようだったが、その目は大きく見開かれる。どうやら相当、以外だったらしい。なんだかその様子にさらに腹が立って、目だけで「出ていけ」というように睨み付けると、とうとう観念したように渋々と立ち上がってまたいつもの通りに下駄を履いた。相変わらず意味がわからないな、というようにその後姿に苦笑する。まるで家を追い出された小さな子供みたいだ。まぁ家を追い出したのは事実だけれど。そのことでどうやら自分の中にも多少なりの罪悪感が湧いたようで、帰ってきたらあのビニールの中の缶詰を分けてやるくらいはしてやろうと思った。その前に気分が変わってしまうような、そんな気もしたけれど。自分も性格が悪いなぁ、と散らばったシャーペンやボールペン、消しゴムを拾いながらまた苦笑した。
080216
残留
下駄、缶詰、筆箱の三題