眠りというものが、それ自体が酷く心地の良いものだというのは誰だって知っていることだろう。ただ、恐らく今眠りについているであろう彼は無表情で、そういえば人間というのは寝ている時はどんな表情なのか、自分はあまり知らないことに気が付いた。どうなのだろう、無表情が普通なのだろうか?自分にはわからない。けれどわからないなりにも、どうやら今の彼が落ちている場所は安らかな眠りではないということはどことなく察しがついた。これも、ただの想像であって本当のことかはわからないが。そしてもう一度、彼を見ればやはりその表情は無表情、何も映し出されてはいなかった。彼が眠るときに、安らかな表情をしているとはあまり思えないが、この無表情さもまたそれはそれで違和感がある。もしかしたら寝ている、というその行為自体を意外に思っているのかもしれない。馬鹿なことだ。たまにが自分と話したりトンファーを振り回したり、彼も間違いなく脆くて弱いひとりの人間なのに。

「・・・ひばり」

試しに呼んでみたが、彼が起きる気配は微塵もなかった。自分の声は、この応接室に空しく響いただけで終わってしまった。彼が起きてロクなことにならないのは百も承知なのだが、今、どうしてかこのまま眠られていることが嫌だった。たぶん、言ってしまえば可哀相に思えるのだ。こうして無表情で、静かな息で、ただただ深いだけの眠りについているであろう彼が。だから、自分の声で引き上げられれば、と。けれど、彼は起きないのだ。少なくとも、自分の声では起きなかった。深い場所にいたままだ。起きては、くれない。そのことがどうしても悲しくて、代わりだ、とでも言うようにその白い額に手を伸ばしていつも皺が刻まれている眉間に触れる。やわらかな感触は、暖かい人間らしい肌というよりまるで無機質なものだった。死人、みたいだ。触ったことはないから、本当はわからないけれども。


「・・・おやすみ、ひばり」

彼の返事はなかった。当たり前だ、寝ているのだから。深い深い場所に、今、落ちているのだから。そこがどんなところなのか、自分は知らない。そんな場所にいる。そのことが自分にとっては悲しかった。彼が今いる場所に、自分も行ければいいのにと本気で思った。でも、それでは意味がないということも、なんとなくわかった。だから、もう一度、おやすみと呟く。彼の額は、変わらずに無機質だった。







080216
残留