キスをした瞬間、彼の何の抑揚も余韻もない表情を見て悟った。そうだ、この人はこういう人なのだ。私は自覚するほど、自分の正直な性分を知っていたけれど同時に忘れてしまっていた。おかげで、私はこの人は単なる私のヒーローなのだと思い込んでしまっていたような気がする。この人は、受け入れることに慣れているのだといつか考えたことを思い出した。不思議な人だ。どこまでも攻撃的なはずで、なのにどこまでも受身の人。彼の細いはずの背中に感じるのは常に信頼だとか、とにかく男性的な力強さだったにも関わらず、時折、本当に何故か時折、私は彼を酷く女性的な人だと思った。仕草とか、中世的な容姿がとかじゃなくて、ただなんとなく。そして、ただ私のキスを受け入れたその人の表情に感じたのは、攻撃的な性格にはまるで似つかわしくないそれだった。全身で、何かを受け取る人。しかしあるいは、彼は受け取っているように見えるだけだったのかも知れない。少なからずわかるのは、キスであれ憎しみであれ告白であれ、私があの時何を彼に告げたとしても、彼の反応は同じものだったに違いないということ。彼が求めるものは、常にもっと先にある。誰も届かないような、彼しか届かないような場所に。なんて、酷い話だろう。あの人はきっと、明日の自分に恋をしている。それは、他に好きな人がいると言われるよりも、どうすることも出来ない答えだった。
(シャーリー、あなた、大変だったのね)
あんな人に恋をしたなら、毎日の浮き沈みは激しいものだったろう。彫られた端正な文字に、胸に抱えたブルーレースを捧げる。彼女はただひたむきに、あきることなどなく、甘い痛みに耐えていた。純粋に、ただ敬いたい思いでいっぱいになり、彼女の墓前にしゃがみこむ。その思いを込めた手を重ねて、きつく目を閉じ、精一杯に早すぎる死を迎えた少女の悼んだ。脳裏に、生徒会室で朗らかに笑っていた彼女を思い描く。また、私は学校に通います。身に包んだ真新しい制服が、その証だ。そんな報告を、静かに心の内で呟く。もし彼女が生きていたなら満面の笑みを浮かべてくれるのだろう。あなたが好きで好きで、恋しくてたまらなかったあの人の望みに、私は全身で答えたい。
(きっと、あなたの分も、私は)
目を開けると、風に、ブルーレースの小さな花びらが静かに揺れているのがわかった。ふんわりとやわらかなそれは、明るく元気ではありながらもどこまでも女の子らしかった彼女にぴったりだと思う。本当に、女の子らしい女の子だった。かわいくて、とても儚かった。たぶんあんな人を、彼女のようにあたたかく包み込むほどの女の子らしさは私にはない。だから、これが、私の恋だ。ただひたむきな少女らしさと純粋さでは、立っていることが出来ない、弱さを持った私の。あの人の強さを、決して忘れないこと。心に秘めたヒーローは、変わらずにどこか掴み所がなく、けれど確かな存在感を持って、私の中で生き続けるのだ。そして、あなたはどこか遠く、手の届かない場所で、全てを終えた彼を癒しているのだろう。その愛らしい笑顔と、女の子らしい柔らかさで。そうならばいい、きっとそうなっていると、柄にもなくそんなロマンチックなことを繰り返し、胸の内に思い描いている。
090408
再録