電灯ひとつないせか、広がる星空は澄んでいてとても綺麗だった。たぶん以前ルルーシュたちと見た星空よりも綺麗なのだろう。今まで何度も彼らや彼のことを思い返す度、私はあの不思議な出来事を思い出した。その時いつも感じるのは、それがどこか曖昧な記憶であるということ。場面は式場からいきなりリ家に移ってしまうし、何より汚れきっていた布、あれは黒色ではなかった。他にもたくさん、つじつまが合わない。けれどこどもの頃の記憶なんてこんなものだろう。何より鮮烈に残る、あの異様な葬式の空気と彼の悲しそうな表情だけは確かなものだ。
「ねぇ、ルルーシュ」
同じように空を見上げていた彼は、私が見た幽霊のように悲しそうな表情をしていた。けれど記憶と違い顎のラインが鋭くなって、とても大人っぽく美しい人になっている。じっと眺めながら、彼が視線を向けてくるのを待った。取り繕っているのではないかと思うほどの、優しく甘い声が降る。
「なんだい、ユフィ?」
「あのね、私」
一度息を吸って、倒していた体を半身だけ起こした。
「ルルーシュの幽霊を見たの。ルルーシュが日本へ出る少し前」
真剣な目と真剣な声でそう言ったのだけれど、途端響いたのはルルーシュの笑い声だった。口元を抑えながら「それじゃあ生霊だな」と言う、揶揄する声音があの頃の調子とよく似ていた。
「もうルルーシュったら、本当に見たのよ。悲しそうに笑ってるあなたを」
決して嘘ではない、私は確かに見ている。曖昧で不確かな部分が多い記憶だけれど、それでもあのルルーシュの悲しそうな顔が脳裏に焼き付いてずっと離れない。異様な雰囲気の葬儀に、ついに見ることすら叶わなかった彼の姿はどんな風に映っていたのか、それはわからなくともあの寒々しい感覚だってまだ残っている。忘れるわけがない、忘れられるはずがない。私が彼や彼の妹であるナナリーを想って泣き喚いたことも本当で、一度も会えなかったことを嘆いていたことも本当のこと。どれだけ不確かな部分があっても、そんなの関係ない。確信を持って、私は相変わらずからかうように細められた彼の瞳を見つめた。
「でも、ユフィはよく幽霊を見たって言って騒いでいたけど全部嘘だっただろう」
「あれだけ本当よ。ちゃんと覚えてるもの、マリアンヌ様のお葬式の日の夜で」
彼の否定に首を振りながら静かに、けれどしっかりとした口調で告げた。
「ルルーシュがお別れを言いに来てくれたんだって、そう思ったの」
言い切り、そしてルルーシュを見ると彼はとても不可解いそうに目を伏せていた。何かを考え込むように、砂浜の一点を見つめている。どうしたのだろう、とその表情を覗き込もうとした時、彼は顔を上げた。とても優しく月明かりに溶け込んでしまいそうなほどの美しい笑みで、宥めるように「やっぱり勘違いだよ、ユフィ」と語りかけてきた。静けさとこの暗さに良く似合うその声は、どうしようもなく悲しくて私は胸が痞える感覚を覚える。どこまでも優しい今の彼は、酷く切なくも私の目に映りこむのだ。
「勘違いじゃないわ、絶対」
しかし私が強い口調で言えば言うほど、彼は眉を下げていく。やはり何かを考え込むように一度目を伏せて、そうして私を見る彼のアメジストはどこまでも優しげで美しく、寂しそうに見えた。あの頃だって彼はよく照れたように困ったように笑っていたけれど、それとは程遠く、どこか大人びた色香の漂う寂しさだ。
「そうじゃない、ユフィ。嘘を言ってるとか、そういうことを言っているんじゃない。ただ、覚えていないかも知れないけど母さんの葬儀は行っていないんだ。母さんの死体は秘密裏に誰かが引き取ったから、正式な墓もない」
「・・・え?」
「だから、その記憶は、どこか違うよ」
記録を見ればわかる、と告げられ私はしばし混乱した。お葬式は、なかった?けれど私は、あの異様な空気を今でも手にとるように覚えているのに。それに確かに、最前列にいるはずの彼を探した。なら、あれは私の勘違いだろうか。何かと混ざっている、とか。
(でも、もし彼の言う通りだとしても)
「あなたの幽霊のことまでは、否定できないわ」
優しくやわらかく、この月明かりや星たちに似合うように笑って、そう言った。月明かりが照らすルルーシュの瞳を見ながらはっきりと。(嘘じゃないわ、ルルーシュ)けれど彼はまた瞼を閉じて、どこか困ったようにそして考え込むように俯いてしまうのだ。私の笑顔を見ていて欲しいのに、そうしてあなたも笑って欲しいのに、どうしてそんな風に悲しそうな反応ばかりしてしまうのだろう。昔は笑ってくれたのに、ナナリーと一緒に。あなた達が幸せそうに笑うところが、私は大好きだったのに。
「ルルーシュ、私ね、本当に見たの」
本当、本当なの。繰り返し繰り返し、言い聞かせるように私は告げるけれど、俯くのを止めたルルーシュはこちらに瞳を向けて、また悲しそうに笑う。それにまた落胆して、私は記憶の中を探り始める。あなたはどうしたら笑顔になってくれたのだったかと、考えるけれど思い出せなかった。その間にも、ルルーシュの抑えるような声音が落ちていくのだ。それを言わせてはいけないような気がするのに、止めることは出来なかった。
「それは否定は出来ないよ。でも、あの頃の俺の生霊ならきっと、鬼のような形相だったろうから」
「お、に?」
やっぱり、無理やりにでも止めておくべきだったかしら。
「あぁ、鬼だ。だから、違うと思うけどな」
同じように揶揄するように笑われて、その途端私は崖から突き落とされたかのような気持ちなった。胸がいたくて、くるしかった。掻き毟られているみたい。それを誤魔化すように、ルルーシュは鬼なんかじゃないわ、と駄々を捏ねるこどものように呟く。でもそれでも本気だったのに、彼はまた笑い声を上げた。ねぇ、違うのに。あなたに、そんな風に笑って欲しいわけじゃないのよ。私の言葉や笑顔で、あの頃のように笑って欲しい。星を見て皆で歓声を上げて喜んだ、あの頃のような。でも、涙を呑んだとしても、胸のいたみも苦しさも消えることはない。それはよく知っていることだ。庭に逃げ込んだ時と同じように、出口が見えなくて、星のように輝く彼のアメジストを見つめるしかない。それがやはりとても悲しく見えてしまうから、やはり出口なんてなかった。眉を潜めて、抉られるような胸の痛みを覆い隠す。違うわ、と呟くと彼はほんの少しだけその目を大きくした。やわかい笑顔を浮かべた。あれは私のとても大事な記憶だ、全てを優しさで埋め尽くしたい私にとって、とても大事なもの。
「大好きな人の幽霊を、見間違えるわけないもの。本当だったのよ」
そう、大好きだったあなたの無言の助けを私は受け取ったのだ。きっと、あなたは本気にすることなどないのでしょうけれど。
090329