下卑た視線と口元だけが、視界の中でくっきりと浮かび上がる。鮮烈に、自身の耳を突き刺したのはよくあるスラングのように、いつのまにかこの世に定着した戯言だ。それでも、真実でないとわかっていても、頭が熱くなるのも目の前が暗くなるのも怒りに体が支配されるのも止めることが出来ない。

―――ユーフェミアの虐殺皇女

死んでから後も、陥れられていく彼女。それを目の当たりにするだけで、怒りに支配された体は、ただ赴くままに動き、その下卑た視線と口元を殴打する。一瞬だけ、血の匂いがした。鼻腔を刺激するほどではない、いつしか慣れきっていて、匂いはすんなりと意識になじみ違和感など与えはしない。ただ驚きと恐怖に、下卑た視線が満ちたことに快楽を感じる。そして、一瞬だけ、穏やかな世界が眼前で蠢いているのが垣間見えた。それは、いつかの夢のようだ。確かに、あの世界を覗いたことは以前にもあったというのに。過ぎ去っていく、どうしようもない高揚と終わりのないように思える安寧が、懐かしい。今、何をどうしてたとしても手に入らないそれらが一瞬だけ、こちらを嘲笑うかのように現れて消えた。快感は確かに手の中にあるが、どうしても笑みを浮かべられない。恐らく自分は、ひたすらに眉根を寄せ険しい表情をしながら目の前の男を見ているのだろう。視界が狭すぎて、此処がどこだかもわからないのに、ただ自分はひたすらに諦観したような心地でいた。ただ何処か遠くで響いた甲高い女の声で、僕は馬鹿なことをしてしまったということを理解した。