それまでずっと繋がっていた、細く鋭い糸が突然に何の前触れもなく途切れた。そんな穏やかさとその裏にある不安を抱えながら、自分は目の前にあるちょっと幼い顔を見つめた。何かを口にしたいのに自分にはそれができない、といように指を膝の上でいじっている。自分は、ただ彼女を安心させるつもりでそっと笑いかけてみたのだけれど、逆効果だったようで彼女はその指をもて遊ぶ動作に加えて、顔を下げた。目が、床に向いている。そんな彼女の耳が赤いことに、なんと鈍感なのか自分はこの時、気が付かなかった。むしろ、もしかしたらこの奇怪な姿に恐がられているのかもという疑念すら湧いてくるほどで、どうしてかやりきれなくなってはぁと息を漏らした。呆れではなかった。ただ、誰かの仕草を正確に読み取れず、後ろ向きな想像をしては勝手に塞ぎ込む、そんな余裕のない自分に対する戒めだった。それなのに、その溜息を下を向いた彼女は何かと勘違いしたようで、はっと顔を上げると酷く慌てたようにすいませんっ、と謝ってきた。その不可解な行動は、自分にとってどうにも理解し難く、口をぽかんと開けてしまう。少しの沈黙があり、彼女も、自身の勘違いに気づいたのか、頬を赤くしてまた下を向いて、また呟くように謝った。今度は何かを口にしたいのに自分にはそれができない、といよりも、ただ不甲斐なさに項垂れているように見えた。そして、それはアレン自身を不甲斐なく思わせることにも拮抗してしまっていた。
「別に、謝らなくても・・・」
あまりに殊勝なその姿が、なんだか哀れだった。それもあったが、何故か居心地が悪そうにする彼女が自分にとっての不安の一因になってしまっていた。それが苦しかったのだと思う。彼女は、そんな自分の期待に応えるように(たぶん、これは自分の目を通した曲解した見方だと思うが)泣きそうだけれど、安心したような笑みを見せた。
「よかった。私が邪魔なのかと思っちゃって・・・ってあっ!」
声をあげると、小さな身体を屈ませて、彼女の足に踏みつけられていた、赤く汚れた包帯をその手で取り上げる。「すいません踏んじゃって・・・、」とまた謝る彼女に対して自分は「洗濯に出すところだったので大丈夫ですよ」と静か言う。彼女は、それでもどうしたか居心地が悪そうに眉をひそめたり指をいじったり、足のつま先を頻繁に動かしたりしていた。そして、思い出したように手にしていた血のついた包帯を覚束ない手でくるくると畳む。たぶん、無理に時間を消費しようとしているのだ。自分は「ありがとうございます」と言うことしかできず、また黙る。不甲斐なさが、巣食っていくのがありありとわかる。・・・謝るべきは、自分なのだ。穏やかさの裏にあるその不安を、やりきれず誰かを通して弄ぶ。そんな自分が、まず一番に巻き込んでいる彼女に謝らなければいけないのに。それでも自分の中で湧き出る不安はひっきりなしに、口内を渇かせ、優しさを打ち消していく。彼女が目を泳がせてしまうようなそんなただ黙って流れる時間を、指をいじって消費していくように、自分も不安を吐き出すように溜息をぶつけていた。



070513
再録