こちらを見る目は、ただ単にここにある自分をここにあるものとして捕らえているだけであった、なんの感情も感じられなかった。なにか受け取れるものがあるとすれば、それは厭らしい興味とか好奇心とかそんなものがうっすらと、それだけだった。彼の目は自分の恐らく全体から、焦点を定めていくようにして左眼の上えと移動する。その見られている場所が心なしか痛いのに、その彼の目は真っ赤なペンタクルを、それもまたただ単にここにあるものとして見ていた。タチが悪いと思う。だから、と言っては子供っぽいが、長く伸ばした前髪を暖簾のようにその前に垂らして見難くする。彼はその行動に対して、ようやく目を細めて、動物とか鼻とかそういう自分より弱いものに対する目線を向けてきた。それもまた気に食わないのだけれど、もう何も対抗する手段も見当たらず黙るのみだ。すると観念したような様子に見えたのかわからないけれど、今度はその口元を緩ませて揶揄するように静かに笑った。
「綺麗じゃないか。隠す必要もないだろ?」
「誰かさんが穴が開くほど見ていたものですから」
「はは、違いない」
それだけ言うと、こちらに近付いてきて、「綺麗な髪だな」とかなんとか言って暖簾のように垂れ下がった髪を払った。特に抵抗する気もなく(というか失せていた)ので、黙って見ていればその手で彼は真っ赤なペンタクルをなぞるように指で触る。まるで意味のわからないその行為を、また黙って見ていれば「本当に真っ赤なんだな」なんて感嘆の声を漏らしていた。彼はたぶん今自分が触っているのは人の一部分なんてことは忘れているんじゃなかろうか、というように無造作な手つきだった。「・・・・そろそろ、やめたらどうですか」とぽつりと呟くと、「それもそうだ」と言いながらその手で額と耳あたりを掴んで、こちらの顔に上を向かせて、そうした瞼に唇を落とす。まるで一瞬の出来事でしかなくて、された側はよくわからない、というような顔をするしかなかった。
「・・・ごちそうさま」
「どういたしまして、今度したら生きていられると思わないでくださいね」
「はは、アレンは恐いなぁ」
また揶揄するように笑った。別に瞼にキスされようと何されようと構わないが、ただ自分が彼の中でおもちゃのように使われてしまうのはごめんだった。こちらはあちらより弱い生き物なんかじゃないのだ。そこらへんの動物や草花じゃない。そんな主張を目で訴えると、やはり彼は揶揄するように静かに笑うだけだ。そして口を開いた。
「別に、遊んでるわけじゃない。踏み込んでみただけさ」
「踏み込む?」
「あぁ。でもどうやら少年、君に踏み込むには上辺だけじゃ足らないみたいだね」
一瞬だけ、たぶん悲しそうな顔をした。でも振り返ってしまったからほとんど見ることも受け取ることもできなかったけれど。彼はどうやら、このペンタクルを誰も入れない領域とかそんな風に感じていたようだ。それに対して、「当たっている」と言えば当たっているし、「間違っている」と言えば間違っている。自分はそんな風にしか思えない。ひとつわかることと云えば、つまり彼の作戦は失敗に終わったのだ。子どもや幼児のような、踏み込めないなら踏み込めばいいなんていう発想は、失敗に終わった。自分にとっては、わかることはそれで充分だったし、それ以上でも以下でもないとしか思えなかった。
080216
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