静かに流れる映像が、辺りを沈黙させたように思えた。いや、沈黙はしていない。元々ここは私ひとりしかいなかったんだから。目の前のふよふよと浮遊する黄色い小さなゴーレムは役目を終えると口を閉じて自分の頭の上にすぽり、と着地する。これが、ここにあることが、今は酷く憎くてしかたなかった。あなたはアレンくんのところにいて、そうして他の誰かの通信機と連絡を取らなくちゃいけないのに。なんで、こんなところで私の頭の上なんかに乗っているのだろう。本人の近くにいなければ、まるで意味がないのに・・・
「ねぇ」
語りかける声を、この生き物は彼に届けてくれない。ただ静かに静かに響き渡る私の声を聞き流すだけ。なんの為に、あなたはあるのよ。どうしてここにいるの?どうして、アレンくんのところにいないの。ここにいたんじゃ、なんの意味もないのに。この声を、届けてくれないと意味がない。今ほど、この生き物が憎いと思うことはこれから先もないだろう・・・なんて、嫌な奴なんだろう。いくら悲しいからって、辛いからって、こんな小さい物すら責め立てねばならないほどに自分は心の小さい人間だっただろうか?でもそうなのかもしれないと思った。だからこそ、今こんな風に悲しんでいるのだろうから。皆が悲しい中、まるで自分だけが悲しいみたいに泣いているのだ。小さく「ごめんなさい」と呟いた。誰が聞くこともないこの声はまたどこか遠くへ消え去った。自分だけこんな風に塞ぎこまなければいけないことが悔しい。「信じる」と決めたのに未だに私の頭の上に乗っている生き物みたいに、ふよふよと迷っていることも悔しい。でもそれはそれも紛れもない自分自身だ。そのことが一番、悔しい。悔しくてしょうがないし、何より悲しい。でも、
ふと、自分の体が軽くなるのを感じ、それがティムキャンピーが離れたからだとわかりドアの先へ振り返った。嫌われてしまっただろうか(ティムにそんな風な感情はないのだろうけど)なんて思いながらまた前に向くと、そこにふよふよと浮く小さな生き物がいた。暗い部屋の中でひとり佇む私のようにも見えたけれど、でももっと透明なようにも見えた。
「ティム」
「・・・アレンくんは、生きてるよね」
呟いた言葉に何かが返されることはなかった。なかったけれど、今までこれを呟くと襲われるに違いないと思っていた無力感とか肩が落ちるような感覚はなかった。御伽噺のような、曖昧な言葉には聞こえてこない。むしろ、まるで、どこか遠くへ繋がっているみたいに響いた気がした。伝える先もわからない言葉を投げかけられる通信機は、それでもどこかへ繋げようとしてくれているのだ。そんな風に見えて、自分が、また小さく思えた。やらなきゃいけないことがたくさんあって、まだまだ前を見ていなくちゃいけないのに、こんなところでただ泣いている自分が。
慰めるみたいに揺れた羽が、腕にぽすりと頼りない音を立てながらあたる。その感触が、なんだかこのゴーレムの持ち主を連想させた。少し前のことを思い出す。必死に隠すように左眼を覆う手だとか、ぼろぼろに崩れていた左手。どれも、どこか悲しげなものばかりだ。自分は彼にまだなにもしてあげていない。そもそも、してあげられるかすらわからないけれど。
「生きててね」
傲慢かもしれない、でもそれでも生きていて欲しいのだ。それは嘘じゃないから。信じていれば事実が変わるわけじゃない、でも今自分がしっかりと立ち上がるにはそれしかない。真っ直ぐに前を向くゴーレムは、まるで私の言葉の一語一語を正確に聞き取ろうとしているように思える。伝える先がなくても、語りかけた言葉が無駄になるわけじゃないから。だから、私は。
080216
「通信機の向こう側」より残留