殺風景な部屋だと思った。ベビーブルーのカーテンが靡いて、部屋の中にあった本がパラパラと捲れていた。それは到底、学校で何かを学んだ覚えのない自分には読めそうにないものばかりで、その文字は自分を嘲笑っているかのように見えた。まるで根本的に理解しあえないのだ言い渡された気分で、寂しかった。カシャリとそれらを踏み分けるように部屋の奥へ入っても、やはり同じように散らばった本があるばかりで景色は大して変わらない。窓辺へ到達し、靡くカーテンを右へ寄せるとと燃え尽きたような空が目に入った。暗かった部屋がどこか赤みを帯びて、この乱雑さがなつかしさに変化したような気さえした。そのまま、赤くなった空を見つめていると、キィと何かが軋んでそれから紙と紙が擦れる妙な音がした。振り向けば、薄ら笑いを浮かべた人物が問い掛けてきた。
「どうかしたんさ?」
馬鹿にしているというか、明らかに幼児に接する雰囲気すら垣間見えるその声が、この赤みを帯びた部屋のなつかしさととても馴染んでいる。彼の真っ赤な髪色がいつも以上に燃えているみたいだ。こちらもにこりと笑うと、彼は困った顔をした。優しそうだと思った。また風が吹いて、ザァァァと紙が捲れる音が何重にも重なって雨が降ったみたいな音になる。寄せられたはずのカーテンが滑り窓を覆い隠し、燃え上がったような色は消え、なつかしさのないただ乱雑に本が敷かれただけの部屋となる。ラビが一瞬だけ残念そうな顔を覗かせたように見えたのは、恐らく見間違えではない。そして自分も、いかにも残念だと言う風に軽く息を吐いた。
「ラビの部屋はなんでこんなに、いつも汚いんですか?」
「片そうにもさ、明らかに部屋に対して物が多すぎてどうにも」
「処分はしないんですか」
「あー処分ねぇ、面倒だからしないさ」
そう言って、彼はわざとらしくひとつの山を築いていた本の束に触れて崩壊させた。バラバラと崩れたそれは、入り口付近の床を覆ってしまう。ほこりがぶわりと舞い上がり、鼻腔の奥を刺激して、散っていった。嫌な匂いだ。そう思って、またカーテンを横に滑らせるけれど、次の瞬間に吹き荒れた風でそれは数瞬と待たずに再び窓を覆い隠してしまった。なんとも頑固なカーテンだと思った。抑えようにも、タッセルがこの部屋には見当たらない。溜息を吐いて、仕方なしに崩壊した本の山へ近付きしゃがんで、またいちから積み上げ始めた。元凶の部屋に対する物の多さから整理しなくちゃ意味がないのだろうが、本人にその気はまるで感じられないので無理な話だ。彼は少し笑うと同じようにしゃがんで、散らばった本を積み上げ始める。ベタベタと掌に埃が纏わりつくのがよくわかった。気持ちの良い感覚ではない。一旦、手を払ってからまた埃に塗れた本に手を伸ばすと、丁度それを取ろうとしていたラビの手の甲に当たって触れた。何故か酷くそれに驚いて目を丸くしてしまい、それからふと彼を見ると「少女趣味さな」と言って笑っていた。自分も笑おうとしたが、彼が本気で笑っているわけではないことに気が付いたのでやめておいた。それに伴って、何故か熱っぽくなっていた頭が一気に冷えていったので、纏わりつく埃以上に自分が気持ち悪かった。何の芝居なのか。そうして、また片付けに戻り数分経った後、再び山が出来上がった。こんなことを繰り返していては、たぶんいつまで経っても綺麗にはならないだろうに。
「いい加減に、片付けた方がいいんじゃないですか」
「まぁ、そうさね」
「住めなくなりますよ」
「でも、元々あんまり帰ってきてないから」
そう言って、彼も一仕事を終えた誰もがそうするように手を払い、肩を回した。自分はその隣で、ただぼうっと立ち尽くす。彼が不在を肯定する言葉を口にしたのが、どこか不安になり、その手首を掴む。隙間風が通り抜けていくような感覚があった後、少し驚いたような顔を自分は見上げた。
「逃げてますよね」
「・・・何から」
あなたが一番よくわかっているんだろう、そう言うように目を見ると、彼はまた困ったように笑った。たぶん本当に困っているのだろう。それでも、何も掴もうとしないままなんてことを許す気はない。問い掛ける笑顔の向こう側で、ベビーブルーのカーテンが燃えるような色に染まりつつ揺れている。風が吹いて、サッとそのカーテンはレールを滑り少しの間、焔のような色をした空が見えた。血の色にも似ている。咄嗟に手首を離すと、彼はそれらの様々なものに似通った赤に溶け込んでいきそうだった。
「僕らを羨ましく思うのが、そんなに嫌なんですか」
彼は笑うというより、どこか狂気的に口を歪めさせただけで、それから耐え切れないというように傷ついた顔をした。耳の奥で何かが唸っていて、あぁ自分も傷ついたのかもしれないと、その時思った。
080216
残留