今日、彼はピアスをたくさんしていた。
普段はひとつ、飾り気のない黒いピアスを両耳にしているだけだったが、今日の彼の耳は酷く鮮やかに飾られていた。と言っても、黒と銀と金のたった3色からだったけれども。馬頭らしい、と思いながらそれらひとつひとつを眺めてゆく。どれも錆びておらず、明らかに新品のように光っていて、だからたぶん付ける機会がないのに持っていて、それで今日、たまたま気分が乗ったから付けたのだ。そう考えた。その内のひとつに触れてみると、彼は「今日はたまたま気分が乗ったんさ」と愛想よく答える。「へぇ」と返し、それがさっき自分が考えたのと同じ理由だったから、とてもおもしろかった。くすりと笑う。ラビは、その笑いに対してまるで不信感を示さずに、そうして彼もまた笑った。
「一体、いくつしてるんですか?」
「さぁ、忘れた」
あっけからんと言い放ち、自分は頬を膨らませる。そして心の中でひとり、意外がった。だって彼はとても記憶力がいいから、自分が今日、何度の欠伸をしただとか、咳を誰々が何回したとか、そんなところまでしっかりと記憶している(もちろん彼の見えている範囲内で、だが)。そんな彼が、なんで自分のしているピアスの数を忘れたりする?自分はさっきのラビとは逆に、不信感を募らせてゆく。心の中でこっそりと、顔には出さず。そうして先ほどのラビの台詞に何かを返すのも忘れ、夢中になってそのきらきらと光るピアスを数え始めた。ラビは正直、耳を勝手に触られてくすぐったいだろうし、何よりちょろちょろと動く自分は邪魔だと思っているだろう。その証拠に、いつもは見据えるように文字を見つめる瞳が、少しだがふよふよと泳いでいる。ただ時々、本から目を離しては、自分を目を細めて見てみたり、と満更でもない様子だったのでやめなかった。そうして丁寧に、ひとつひとつ数えてゆく。・・・両耳を合わせて、12個。ただ、ひとつのピアスに飾りが2個ついていたりだとか、そんなこともあるので穴の数はもう少し少ないんだろう。自分はその数字に満足したように、ひとつひとつのピアスを辿る。ラビはまたくすぐったそうにしていた。肩を竦めている。それでも気にせずに辿って、左耳の7個のピアス(酷く、アンバランスな分け方だ)を全て繋げた。実際には繋がっていないけれど、繋げた。それらは真新しく、きらきらと輝くので、まるで繋げた7つのピアスは星座のようだった。こんな形の星座なんて自分は知らないけれど(或いはラビならば知っているかもしれないけど)
「・・・星座みたいだ」
「ピアスが?」
「はい。特に左耳。金色が多いから」
そうやってにっこりと笑うと、「アレンはロマンチックな」と彼は笑った。ロマンチック、なんて。とても馬鹿みたいで、でも綺麗な響きの言葉だなぁとひとり感心する。そんな言葉、なかなか作れるものじゃないから。そうして自分はまた辿る。7つの真新しく光る星を、辿る。毎日つけていればいいのに。そうしたらこうやって、毎日辿ることが出来るのに。でも、そんなことをすれば錆びてしまうか。もしかしたら、ラビが毎日つけないのは、それが理由なんじゃないのかと思った。たくさん空いた穴に、たったひとつずつしか、しかも地味な黒いピアス、それしか付けない理由。自分は知らない、彼の深い深い奥底。その理由は、どうしてかそこに直接的に拮抗しているような気がして、どうも気軽に聞けはしない。気軽に聞いて、自分の答え合わせなど出来ない。ラビはやはりくすぐったそうに肩を竦めていて、その目は本と自分とを行き来していた。そうして自分に目線を見定め、「ていうか、ちょっと痛いさ。耳、」そう訴える。あぁ、ごめんなさい、とぱっと手を離す。そのとき、自分が繋いだ彼の左耳の星座は消えてしまった。少なくとも、自分の目には星座なんて映らない。さっきまでは、あんなにきらきらと輝いていた金のピアスさえも大した光沢を持っていないように思えてしまう。むしろ、錆びてしまっている?そう思ったのもつかの間、ラビの手が本から離れ耳元にゆく。彼の手は、真ん中の特に大きな金のピアスを外した。端整な動きで。光沢を失ったように見えるそのピアス。彼は外して掌に転がすと「あぁやっぱりさ」と呟いた。錆びている、と。そのとき、自分はただ驚くしかなく「えっ」とか「嘘?」とか声を上げることすらできなかった。ただ、あの光沢は幻だったとしか、そうとしか考えられなかった。そう、幻だった。あの7つの光沢からなる左耳の星座は、自分が指で辿った星座は、消失した。或いは、元よりなかった。
080216
残留