ガラス一枚の向こう側で振る雨を、じっと見ている。一体何をしているのだろうか、と問うようにその彼の後ろにひとり佇んだ椅子を引き寄せ、腰掛けた。ガタリ、という音に気が付ついたようでこちらに振り返り、にやっと笑うと彼も引き込まれるような不思議な笑みを返した。大きな窓、それから向こう側の雨、冬のにおいに昼の日差し。まるで別世界に来たかのように穏やかな雰囲気が流れている。雨だけが酷く不釣合いなような、逆に情緒があっていいような。そんな感じだった。そしてそこで佇む人物も、まるで別世界にいるかのような透き通る雰囲気を溢れる程に醸し出していて、そうして今傍らでそれを見守る自分は、まるでその別世界の周りを旋回しているみたいだ。彼は、少し影の落ちる表情を雨に向けながら、「冴えない」といった感じにひたすら瞬きを繰り返していた。それしか自分はできないのだ、というように何度も何度も。しばらく、そのまま静かに時間は落ちていって、そうして彼の目がこちらを捉えた。酷く訝しげな顔をする。
「冷えません?そんな薄着じゃ」
「・・・うーん、ちょっと寒いさね」
その現実的な会話によって、世界の周りをただただ旋回していた自分は少しだけ接触できた気がして、どこか嬉しい。たぶんそれは、ただひたすら旋回していることが寂しいからなのだろう。自分の返答にアレンは苦笑すると、近くに置いてあった古いストーブのダイヤルをカチリカチリと丁寧に回し(古いからゆっくりしか進まなかっただけかもしれない)そして赤い光がそこから漏れる。純粋に暖かくそのストーブに近付きたいと思ったが、そうすることでまたただ旋回するだけの存在になってしまうのではないかとも思いやめることにした。それに、この距離からでもそれなりに暖かいし、別に構わない。大事なのはこの場に溶け込むことだ、そんな気がする。
「近付かなくて、いいんですか?」
「いいんさ。もうあったかい」
丁度、結論を出したところで間を置かずに聞かれたので笑い出してしまいたかったが、そんなのは変だろうと思いやめておいた。それでも口の端からやはり笑みが零れてしまって「何ですか?」とさっきよりももっと訝しげな表情をされた。近づけないのは、お前のせいだ。そんな風な理不尽な考えが、その表情から思い浮かんだ。口にはしなかったけれど。アレンは目線を雨にやり、また冴えない瞬きを繰り返した。その時、また自分はある世界の周りを旋回するだけの存在になってしまったような気がして、胸がチクリと痛んだ。ただひたすら旋回するだけなんて寂しいじゃないか。目の前にある世界に触れることも出来ずに見ているだけだなんて。結局は、ストーブに近付かない
という自分の行動はあまり意味がなく、再度引き離されてしまう。辛いとか苦しいとか、そんな具体的な感情は虚無だったけれどただどこかが痛んでいた。じっと雨を見つめて瞬きを何度も繰り返す彼は、まるで知らない人になっている。その見つめられている雨でさえ、どうしてか得体の知れないもののように思えた。ただの水が、得体が知れないなんておかしな話だ。
ふっと鈍い音が鳴り、ストーブから漏れ出していた赤い光が消える。彼はまた即座にそれに気がついて「古かったんですね」と言った。自分も「そうみたいさ」と返した。そしてまた、彼は雨に目を向けて瞬きを繰り返すという行動に戻って、自分はただ世界の周りを旋回する者となった。そ時、ふと思い出したのは誰かの言葉。雨はただの水だ、と言った自分に対して「違う、あれは空が泣いているの」と主張した小さな名前も知らない誰か。その無垢な目が、今も網膜に焼き付いていたようで、鮮明に思い返される。そうしてその無垢な目が何故か、今の自分が触れること出来ない世界と重なる。けれど、不思議なことに瞬きを繰り返す彼とは重ならなかった。自分のような旋回するだけの者にも見えなかったけれど。そうして、狭間のような場所でひとり佇んで異色を放っている彼と、旋回しかすることしかできない自分がどこか不憫な存在に思えた。自分達がいる場所はどこも場所ではない、ただの隙間だ。そうして在るのではなく、ただそこに居るだけだと。
080216
残留