耳を塞いで、必死に心臓の音を探すがそんなものはどこにも見当たらなかった。どうして耳を塞いでいるのかはあまりよくわかっていないのだが、自分の出す音というのは耳を塞いだ方が聞こえやすいような気がしたのだ。でも、どんなに神経を集中させても聞こえることはない。そこで、耳を塞いだまま諦めて全身の力を抜いてみる。すると、心音は決して聞こえるわけではないんだけど、なんていうかそれらしき振動なら伝わってきた。あまりにも小さくて、見逃しそうなほどの振動だけれど。そうして音は聞こえないかとまた躍起になる。横では紺が、四苦八苦する自分をぼうっと眺めていた。特に面白がっているわけでもなさそうなのに。たぶんすることが何もなくて暇なのだろうが。だったらくだらない話でもしていればいいのかもしれないが、今、この状況において彼の声は正直少し邪魔だった。自分の通常時の心音なんて、相当静かじゃないと聞こえるわけがないから。それがわかっているのかどうかは知らないが、篠ノ女も黙りこくっている。こちらをずっと見たまま。
「・・・いつまでやってる」
「静かにしててよ」
そう言うと、ついに「見飽きた」とでも言うように煙管の煙を吹かせながらだるそうに立ち上がった。キシ、と木の軋む音がして、また微かな振動を見失った。本当にデリケートなんだなと思う。音に対してデリケートなんて、ちょっとおかしい気もしたけれど。そのまま彼はどこかへ行ってしまうだろう、と思っていたが予想は裏切られ、立ち上がったまま焦点の定まらない目でぼうっとしていた。よっぽど暇なのかもしれない。
「・・・人が、」
「なに?」
「人が一生の内に心臓を動かす回数は決まってるんだ。」
「・・・へぇ」
どうにも初耳だったので、胸の内に好奇心とかそういう類の感情が一気に溢れてくる。それと同時に、なんだか不思議な気分になった。感慨深い、とかそんな感じ。そして、それのもやもやをはっきりさせる言葉を彼が言った。
「あと何回聞けるかわからないしな。精々、今のうちに聞き逃さないように頑張ることだ」
頭を小突かれるような調子で言われて、不吉なことを言う、と思ったが確かにそうなのだ。生きているというのは、死ぬことに着実に近付いているのに他ならないのだから。このところ冷や汗をかくような場面に幾度となく遭遇しているせいか、なんだかすごく現実味を持ったようにその言葉が響いた。恐い、という感情も大きかったし、なにより自分は生きていてそうしていつか死ぬんだということが間近に感じられた気がして悲しかった。いつか死ぬのだ。こうやって会話をしたりなんてできなくなる。この世から消えてしまう。この心臓の音もいつか止んでしまう。そのとき、自分はどんな顔をしているんだろうか。
ラストレターの燃えた日
080216
残留